2011年10月7日金曜日

同時代人を失う事、歴史を見る眼差し〜加藤陽子先生の著作が教えてくれたもの

昨日の大ニュース で、すっかり動揺してしまった。そして、ハタと気が付く。

「この悲しみは、同時代人を失った悲しみなんだ。」

2011.10.5まで、スティーブ・ジョブスは歴史の人では無く「今の人」だった。だから意識もしないし、居て当たり前だった。今を生き、Appleの次の製品発表は何かなぁと漠然と期待し、「歴史」を趣味として他人事のように安穏と眺めるだけで良かった。

でも、今は違う。
同時代が足元から「歴史」という保管庫に入っているという事実。頭では「歴史は今の地続き」と判っているつもりでも、どこかで見て見ぬふりをしている。
「そうでは無いのだ、おまえも歴史の一部なのだ。」
と現実を目の当たりされて、うろたえている。

歴史の潮目は緩やかに変化し、ずっと眺めていると、かえって判らない。毎日顔を合わせる家族の成長や老いに鈍感になるのと同じだ。ちょっとしたきっかけで時間の経過に唖然とする。

もう、あんなに人をワクワクさせてくれる人物は二度と出て来ないのでは無いか。 この先つまらない世界しか無いんじゃないか。どうしたらいいのか。。。
そこまで考えて、ふと思う。

「そうか、加藤先生が言いたかった事はこれか。」

おぼろげながら、最近読んだ本が言わんとしている事が理解出来た気がした。

加藤陽子先生は、東大文学部で近代史を専門に教鞭を取っておられる。
「大学で、こんな先生に師事してみたかった。」と思ってしまう。とても考え方が立体的で素晴らしい。
歴史好きでなくとも、加藤陽子先生の著書は一度は読まれる事をおすすめする。(現役東大文学部一年生よ。諸君らの幸運を心すべし!)

先生の調べは緻密で、しかも視点が広い。私的に残された日記、メモ、各国の公文書館で公開され始めた機密書類、諜報情報と、鳥の目、蟻の目と視点が自在に動く事で、歴史が立体的に浮かび上がる。
一般的に語られていた事をそのまま掘り下げて、デティールを追うのでは無く、経済、外交、世界情勢と言った世の中を形成するに不可欠なジャンルからも歴史を眺める。そしてその時
「自分がその当事者だったらどう判断し、振る舞うのか。」
と問う。
すると、全く違ったリアリティある歴史が浮かび上がる。

加 藤先生の著作は、丹念に小さなファクト(事実)を積み重ねる。それでいて、堅苦しい 訳でも無く、冷たい訳でも無い。むしろ、滲み出る優しさがある。それは、過去に生きた人であろうとも、無邪気に批判の鞭(無知とも言える)を加える事を 良しとしない、「引受ける姿勢」に貫かれているからだ。

著書のあとがきの一文が非常に良いので引用したい。
私たち日々の時間を生きながら、自分の身の回りで起きていることについて、その時々の評価や判断を無意識ながら下しているものです。また、現在の社会状況に対する、評価や判断を下す際、これまた無意識に過去の事例から類推を行い、さらに未来を予測するにあたっては、これまた無意識に過去と現在の事例との対比を行っています。 そのようなときに、類推され想起され対比される歴史的な事例が、若い人々の頭や心にどれだけ豊かに蓄積され、ファイリングされているかどうかが決定的に大事なことなのだと、私は思います。(「それでも日本人は「戦争」を選んだ」あとがきより)
これは歴史を見る視点だが、レッテル貼りをせず、一見遠い関係に見えそうな事柄を結びつける行為は、画期的発明(イノベーション)が生まれるのに必要な素地と同じではないかと思ったのだ。(ジョブスの演説で言う所の、「点と点をつなげる」)

未来を予測するのは超人的な才能だけでは無い。無意識下に蓄積された過去の事例の多寡も、きっと、いや、かなり影響するのではないか。
ジョブスが凄かったのは、その点同士をアレンジする力であり、完成型のビジョンが見えた途端、精緻に根気強く投げ出さないで積み上げてゆく粘り強さだ。

今後、沢山の逸話や伝記、エピソードが出て来るだろう。

「あんなの、どれをとっても普通の技術なのさ、何一つ目新しい事は無い。GUIだってジョブスが生み出した訳では無いんだ。」

そんな声も聞いた事がある。そう言い出す人も増えるだろう。

だが、と思う。一つ一つはそうかも知れない、でも「適切な時に適切な結びつき」が出来るかどうかは、深い美意識に裏付けられなければならない。
浅知恵のアッセンブリーからは残念ながら生まれないのだ。人の世を深く理解するには、様々な知性を総動員しなければ、その一旦を掴む事すら難しい。そんな事を思った。

昨夜公開されたクローズアップ現代の
2001年に行われたジョブスの貴重なインタビュー
今から10年前と思うと、非常に深い内容である。
「もっとコンピューティングは、人間的でエモーショナルな表現が出来るはずだ、それを手助けしたいんだ。」
インタビュー後半5分に語られるビジョンを、その後の10年で着実に実行して行ったジョブス。奇しくも国谷キャスターが
「10年後はどうなっていると思いますか?」
という問いは、歴史的問いだったと思う。

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