2011年11月17日木曜日

ものみな”男性論”で計算せよ 〜司馬遼太郎対談選集3「歴史を動かす力」より〜

21世紀の現代で「男性論で計算せよ」とはなかなか言えない。言葉尻を捉えて
「女性が計算出来ないって事か!」とか
「時代錯誤の男尊女卑だ!」と
あっという間に袋だたきだろう。女性の私だから大胆にも引用しまうが、もし男性だったら、不要な火種を起こしたく無いから絶対に書かないな。。。
でも、どうにも惹きつけられた内容だったので、備忘録として引用。 
今読んでいる「歴史を動かす力」(司馬遼太郎対談選集3」の中「織田信長・勝海舟・田中角栄」と言うタイトルで、江藤淳氏と司馬さんが対談している。対談時は1971年田中角栄が首相となり「列島改造論」がベストセラーとなる時期だ。私はまだ3歳にもなっていない。
以下、対談の一部を引用
司馬 政治の上で侮という字が出て来る関係はまずいですね。侮米であれ侮中であれ侮ソであれ、まったく意味なき感覚です。
江藤 今は極端な拝中侮台ですね。かつて台湾というところへどんなゴムひも屋が躍ったかどうかは別として(筆者註:ここで言う「ゴムひも屋」とはこの前段で「表玄関から堂々と入らず、小商人が勝手口からコソコソとゴムひもを買ってくれというような外交をしていてはダメだ。」と喩えた事を引いている。)あそこにもやはり人間の心を持った千四百万の民衆が居る。蒋介石政権が堕落しているかどうかは別として、この民衆を忘れたら大問題ですよ。
司馬 それは大問題です。しかし、何と言ってもアメリカの問題を考えるうえで、もし侮米という気持ちがおこるとしたら、アメリカと戦争できるかどうかをまず考えてみなければいけません。これは男子の論理です。男子たるもの、相手をばかにしようとするのなら、まず計算して、戦って勝つという成算を得たときばかにすればいい。ばかにしたければ、ですよ。それにきひかえ、戦争しても負けるくせに侮るというのは、女ですよ。日本人の外交感覚というのは、多分に女性的です。野党も与党も女です。

司馬さん、、女だってそのくらいの計算出来ますよ。。と、思う訳だが、このスパッと言い切る鋭さに、今、私は憧れて仕方無い。
なぜ憧れるのか。。。それは、、、仕事をしている上で「侮り」の計算の上に積み上げられて行く話があまりに多いからだ。
  • たいした事無いよ、こんな物
  • きっとこんな物、市場ではウケないよ
競合と言われる商品を見る時、自分達が優位であると思い込みたいが為に、今そこにあるファクトを見ようとしない。「王様は裸だ」と言おうものなら、そっと粛正されてしまう。またその真逆もある。
  • 大変だ大変だ、こんな○○な物が出た
  • 他社は××な事をやっている
視野が狭くなっているが故に、針小棒大に事を捉えてセンシティブになりたがる。
どちらも同じに思えてならない。
司馬さんと江藤さんは、喩えとして「男子の計算」と言っているだけで、日本民族みなそれが出来ていないと、一刀両断している。敗戦の記憶がまだ生々しい70年代「女々しい計算の結果が太平洋戦争」という重い記憶があるのだろう。江藤氏は石原慎太郎と同世代の作家で、残念ながら同氏の書き物は読んだ事が無いが、99年、先立たれた妻への鎮魂記を書いた後、自ら命を絶っている。(この事件をご記憶の方も多いと思う。)そんな人だから、司馬さんに劣らず苛烈な内容で、対談なのに「あれ?これはどっちの発言だ?」と思うほど、ズバズバ斬り込む論旨はどこか司馬さんに似ている。
引用した箇所は、勝海舟に関する物で
「勝だけが、男子の計算をしていた。世界情勢を瞬時に理解して計算している、そこが、福沢諭吉と違う。」
と語る。

地勢学的に、アメリカ、中国、ソ連(ロシア)と、素肌で対峙しなければならない日本は、西欧諸国とはそもそも外交的負荷が違う。ヨーロッパは18〜19世紀に苦労して鍛錬した結果、今は大学院生が幼稚園の問題を解く様に易しいが、日本はまるで滝壺で滝に打たれるように、モロにこれらの国と対峙しなければならない。なのにその事を自覚している人間は僅かで、大半はおくるみに包まれて眠る赤子のようだ。(江藤氏談)うーん。これ71年の話しだよね、、TPPの話題じゃありません。。念のため。
ヨーロッパも大変だけど(ウッカリ、只飯ばかり食らう食客を招き入れて四苦八苦)ギリギリで転覆しないのは、血で血を洗う勉強代を払ったからなのか、、。

司馬さんがストレートに世情を語る記録はあまり見かけない。晩年は非常に高度な喩えで、一見気付きにくくなっている。

詳しくは、機会があればご一読、、と言う感じだが、
「男子の計算せんといかんなぁ。」
と、心に一匹の狼を飼う女子も思う訳である。

2011年11月13日日曜日

テラスモール湘南に見た日本市場いろいろ

地元の民として、5年位前から待ち望んでいたショッピングモールがいつの間にかオープンしていた。(散々この中吊り広告を電車で見ていたのに、これがあの開発計画の一部とは気が付かなかった!ぱっと見綺麗なビジュアルだけど、モールの宣伝とは思わないよね。。)
そして、出来心でオープン翌日の土曜日(実質的オープン初日)にうっかり出掛けてしまった。夕方18時を過ぎたら、もう混雑も一段落かと思ったら、甘かった。。。同じ事を考えている人間は多いもので、周囲の道路が一度に大量の車を裁き切れず、結局駐車場に入るのに一時間かかってしまった。

藤沢にも郊外型ショッピングモールが増えて来た
手前味噌になって恐縮だが、ずっと藤沢で育った私から見ても、藤沢はそれなりに文化都市だと思う。少なくともそうなりたいと意識している住民は多いと思う。(最近そうでも無いかも知れないが)
気候が温暖で、都心への通勤が可能。古くからベットタウンと地方中核都市の二つの性格を持つ存在だった。都市部への通勤者も多いが、近郊の生産拠点としてメーカーの工場も多く存在していた。ここ数年、その工場跡地が次々と、マンションやショッピングモールに変わっている。海外に生産拠点を移すメーカーが多く、ご多分に漏れず、藤沢からもかなりの工場が撤退してしまった。気が付けば、工場の周りに住宅が密集する程、人が増えていたので広い敷地が空いても使い道に困らないのが現状だ。(戦後、一貫して市内の人口は徐々に増えている。これは喜ばしい事かも知れない。)もはや、工業地帯としての役目は終わったのかも知れないが、日本のあちこちで、この現象が起きているとしたら、どうなるのかなと、少し心配になる。買い物に来てくれるだけの人が居なければ、こんな商業施設も成り立たないだろう。

目の肥えた人々
オープンというご祝儀相場なので、もう数ヶ月すれば人出も落ち着くと思うが、開いたからには軌道に乗って成功して欲しい。私個人としてはシネコンがやっと出来たかと、感無量である。昔は、藤沢に映画館が多くあったが、近年のシネコンに押されて全て「パチンコ屋」になるという悲惨な有様である。映画を観たいと思ったら、一番近くても車で一時間はかかる所にしか無かったのだ。(~~;)それも、ジャスコとかマイカルとか、イマイチ「普段使い」の品揃えばかりのちょっと「あか抜けない商業施設」と抱き合わさっている所ばかりで映画以外の用事をついでに済ませたいと思わせるには、今ひとつ物足りなかった。
今回のテラスモールは、飛ぶ鳥の勢いのテナントが多く、藤沢市民には垂涎ものだ。

「まるで、横浜あたりに居るのかと、錯覚するよな。」

と人混みの中で、ご夫婦らしきカップルの男性が、奥さんに向って話していた。そうなのだ。ここいらの住人は横浜まで遠征していた人達で、シャレた物が欲しいと思ったら時間とコストをずっと掛けて来た人達なのだ。だから「目だけは肥えている」

「ユニクロの方が綺麗だよな。H&Mはもうぐちゃぐちゃなんだよ。」

これも、人混みの中でとある男性がつぶやいた言葉。確かに、聞きしに勝るユニクロの社員教育は徹底していて、オープン当初という過酷な人出であるにも関わらず、ハイエナに荒らされるが如くの商品棚が、数分すると整然と整頓されている。強化されたスタッフが片っ端から乱れを直して行くのだ。恐るべしジャパン・クオリティ。H&Mへは見に行く時間が無かったのだが、恐らく、かの男性の証言は正しいのだろう。(海外企業ではそんな事に人手を割くなんて考えられないのだろう。)

企画立案書を一度見てみたい
ららぽーと横浜や、プレミアムアウトレットで有名な「三井」はこの手のモール立ち上げはお得意で、ここも三井かなと思いきや、住友系の会社だった。しかし、当る商業施設にするために、どんな調査や企画を練ったのだろうと、この手のモールに行く度に思う。
ただ、今回は自分の生活圏内にあるモールなので、しげしげと各店舗を見渡して、よくリサーチして選んでいるなと感心した。
少なくとも、我が家のような家族構成には、かなり魅力的である。家族の誰もが行きたいと思うお店があるのだ。

夫→自転車ショップ、家電量販店、文具店
私→本屋、手芸(ユザワヤ)、コスメ、服飾
長女→本屋、画材、服
長男→スポーツショップ
次女→赤ちゃん本舗、おもちゃ

実はすぐ近所にも、似た様なモールがある。もうオープンして5年以上経っているが、そこは一度行って「まぁ、また何かのついででいいか。」と思ってしまった。なぜそう思うのか、明確に言えないのだが、強いて言うなら
「時間を使ってまで行かなくてもいい。」と思ってしまったのだ。一見綺麗なお店が並んでいるのだが、よく見ると内容が平凡で、印象にあまり残らなかった。
こう考えると、お店を出すというのは難しい。オープンするのも大変だろうが、売り上げが成り立つには厳しい現実があるんだなとつくづく思う。

まだ、トコトン利用した訳では無いので、期待値だけの記事になってしまったが、もう少し落ち着いたら、じっくり利用してみたいと思う。

2011年11月6日日曜日

「スティーブ・ジョブスⅡ」読書感想〜無限の彼方へ〜


iPad2の電子書籍版と書籍版を並べてみた。。
週末一気に読んでしまって、少し脱力。。でも、噛み応え充分の本書は、2000年代にパソコンとIT業界で何が起こって来たのか、そして、これからの未来がどうなるのか、考えるに充分な内容になっている。いつか、読む事をオススメ。(今日の読書感想は、ややネタバレでないと、どうも書けない気がするので、これから読まれる方は要注意。)

オープン vs クローズド
パソコン黎明期を体験して来た世代には、懐かしい言葉だ。デジタル情報をずっとキャッチアップして来た人には、聞き飽きたテーマだろうが、これは延々と繰り替えず「あざなえる縄」の様だ。
マイクロソフトが、プラットフォームであるOSをオープンにした事で、市場を席巻し、ジョブスのAppleは完全に負けた。本書は浪人中のNeXT時代から記述が始まるが、ハードとソフトの垂直統合にこだわったジョブスが、iPod/iTunesで業界にイノベーションを起こしたあたりの快進撃は一番読ませる。必要な物全て持っていたにも関わらず、業界を変革出来なかったソニー(池田信夫さんも鋭く分析しておられる)の下りは、同じ日本人としてやや悲しく情けないが、、他山の石とは思えず、思わず背筋が寒くなる。
ソースは常に公開され、広く多くの人々によって玉石混合で作って行こうじゃないかという考え方(オープン派)と、いやいや、それじゃ結局グダグダで、判りにくく使いにくい物が山の様に出来上がるだけだという考え方(クローズド派)、どちらも一理あって、時勢によって交互に優勢になっているのが、2000年代であるらしい。
iTunes/Appstoreまでは、クローズド派が先行優勢だったが、Androidの登場でまた「オープン」の時代が来るのではと囁かれている。(我が家の夫などはこっち派)
この状況下でのジョブスの死は、凄く痛いんじゃなかろうか、、と思えてしまうが、本書を読んで少し印象が変わった。

Appleの人々
ジョブスのプレゼンテーションが強烈なので、Appleは「ジョブス帝国」という印象を持ってしまうが、本書は2000年になってからのAppleを支えた人々の記述も多い。特にデザイン部門を統括する「ジョニー・アイブ」は度々登場して、後任CEOを務める「トム・クック」よりも印象が強い。
1967年生まれ(!!ほぼ同世代だ!!)のアイブは、イングランド出身で銀細工場に務める父を持つ工業デザイナーである。ジョブスが「心友」と称する間柄で、ジョブス復帰後に生み出されるAppleの製品デザインを全て統括して来た。(もちろん、彼の下のチームがアイデアを出しているのだろうが)
このアイブが、よく悲しくなったのが、自分や自分のチームの仲間がスケッチしたり作ったアイデアを、ジョブスは初見で「くだらん!」とけなした癖に、しばらくすると、さも自分が考えたかの様に他で言って回ってしまう姿だったそうだ。(究極は製品プレゼンの時)デザインに限らず、昔からしばしばジョブスにはこの癖があって、却下した癖に、後日「いい事を思いついた。」とその却下した内容を進言した当人に、滔々と述べたりしたそうだ。(言われた本人も「それは、私が先日申し上げた内容ですが。」ときっちりやり返したらしい)
そんな「無茶苦茶CEO」ではあるが、アイブはジョブスを信奉している。慕っているからこそ、何故そんな無体な事をするのかと悩むらしい。アイブが工業デザイナーらしい鋭さで、プロダクトを磨き上げるセンスを、ジョブスも買っていたし、彼の考え方は非常に含蓄があって、畑違いであるが同じデザインを志す身として、学ぶ所が多い。
又、クールで有能なトム・クックは、彼だからジョブスの代役が務まると思える人物で、アクの強いメンバーをソフトに統括しているらしい。しばらくは、Appleも今の勢いで成長して行けるだろうが、問題は飛躍しなければならない時に、どのように判断するかではないだろうか。
こうして読むと、昨今飛ばしているAppleのクールなアイデアは、一つ一つをジョブスが考えた訳では無く、周囲が懸命に進言したり、ブラッシュアップした物が殆どである事だ。そして、それはジョブスが目指した究極の姿でもある。

永く続く会社を作りたい
本書を読んで目を開かされる思いだったのが、ジョブスのこの言葉だ
僕は、いつまでも続く会社を作る事に情熱を燃やして来た。すごい製品をつくりたいと社員が猛烈に頑張る会社を。それ以外は全て副次的だ。もちろん、利益を上げるのも凄い事だよ?利益があればこそ、凄い商品を作っていられるのだから。でも、原動力は製品であって利益じゃない。スカリーはこれをひっくり返して、金儲けを目的にしてしまった。殆ど違わないというくらいの小さな違いだけど、これが全てを変えてしまうんだ。ーー誰を雇うのか、誰を昇進させるのか、会議で何をはなしあうのか、などをね。(スティーブ・ジョブスⅡより)
上巻から下巻まで、時折「HPの様に永く続く会社を作りたい。」と彼は語る。そしてその「すごい製品」とは、人々の生活が豊かで創造性に溢れ、喜びに満ちた物になる事を手助けする製品であって欲しい、、渇望に近いまでの情熱を持って取り組んで来た事は、言うまでも無い事実である。

約一月前に訃報を聞いてから、この本が出るまでの間に、iPhone4Sに機種変更をして、iCloudを介したストリーム時代を体験している。アップグレードでデータが消えてしまったり、それを復元するのに丸一日使ったりと、それなりに四苦八苦したけれど、配線をつながなくても、自動で同期が取れる環境に改めて感動を覚える。
4歳の娘はiPad2がお気に入りで、動く絵本や種々様々なお絵描きソフトを、勝手に使って楽しんでいる。完璧なデジタルガジェットエイジだ。本書でもジョブスが
「字も読めない田舎の子がiPad2でゲームを勝手に始めた。」というエピソードを聞いて喜んだとある。世界中のそこここで、この現象は起きているだろう。
彼はこのiPad2をテコに、教育界も改革したかったらしい。本当に残念な事だ。我が家にも三人の未成年が居るが、この子達の時代はどんな世の中になっているのか、ジョブスの伝記を読みながらそんな事に思いを馳せる。
ジョブス程の事は何も出来ないが、少なくとも Cクラスの頭脳でも、考えないよりはずっといいだろうと自分に言い聞かせたりもしている。

さて、何となく追悼気分だったのを、そろそろここいらで終わらせたいと思う。
最後にとても心に残るスピーチを紹介しているMACLALALA2さんのブログを紹介して終わりにしたい。英文と翻訳の対になっていて非常に良いです。

「ジョニー・アイブの追悼スピーチ 」
「血を分けた兄の死(1)〜(4)」実妹モナ・シンプソンのスピーチ

2011年11月2日水曜日

「ステーブ・ジョブス I」読書感想〜審美眼を持った男〜

今日、下巻が発売だから、明日か明後日にはAmazonから届くだろう。上巻を読んだ感想を軽く、、。

大変な男
知ってはいたけれど、ジョブスという人は知れば知る程、大変な人であった。身近に居たらこちらが潰れちゃうだろう。が、部分的に「誰々に似てるな。」と思える所もある。総じて、イロイロ魅力的であるのは確かだ。

著者アイザックソン氏の力量が非常にいい。丁寧な関係者への聴き取りで構成された内容は、ジョブスの生涯を通して、一時代を築いたシリコンバレーの歴史も知る事が出来る。あの時代は何だったのかと、振り返るにも良い書だ。
執筆はジョブスからのラブコールで実現した。彼はこのアイザックソン氏の著書を読んだ形跡も無く「キチンと書いてくれそうだから。」という理由で指名したらしい。
「君は自伝を書くにはまだ若い。」
と一度は断るが、ジョブスの妻から
「書くなら今しか無い。」と耳打ちされる。
死期を悟ったからだろう、最終原稿のチェックも自分はする必要無いと宣言したそうだ。

本書を読むと「ジョブスの慧眼ここにもあり。」と思わざる終えない。
この執筆依頼の一事を取っても、彼の物事を見抜く目の確かさの証明になっている。それだけ、この著書はプロの仕事に徹している。

泣いてしまったピクサーの下り
ネタバレになるので著書内のエピソードをクドクド書くのは控えるが、時系列に並んだ内容を読むと、直ぐ近くでジョブスの人生を追体験している錯覚に囚われる。
正直、若い頃の彼は「嫌な奴」で傍若無人。人を人とも思わない「共感力0人間」にしか見え無い。何と言うか「格好良く」は無いのだ。(若きアントプレナーとして、とてもモテてるのが実際なんだけど)
有名なApple失脚の下りは、読みながら「仕方ないかもなぁ。」と一瞬思てしまう。
だが、ほぼ同時期に彼はピクサーを買っている。(株の70%を取得)

上巻の最後はピクサーにまつわる話なのだが、私は
「ピクサーに関して、ジョブスはうるさく干渉しなかった。それが功を奏した。」
と言われていた噂をそのまま信じていた。

ところが、本書を読むとそれどころの話では無い。

赤字続きでお荷物だったピクサーを、一時は売ろうとも思うし、オーナーとして厳しい経費削減も断行する。最初はハードやソフトを売る部門も持っていて、ここから収益を上げたいと目論むが結果はさっぱりだった。
それでも、ラセター率いるアニメーション部門には制作費を出し続けた。
「いい作品を作ってくれ。」
とだけ言って、なけなしの経費から小切手を切る。
アカデミー短編部門で、ラセター達がCGアニメで初のオスカーを獲得した時の下りは泣かせる。

一度はお払い箱にしたディズニーが、ラセターのオスカー獲得を知って寄りを戻したがったが、ラセターは、ジョブスとピクサーへの恩義から首を立てに振らない。
名作「トイ・ストーリー」をディズニーの出資によって作り始めるのだが、この時のジョブスの活躍は目覚ましい。
あのディズニーからダブルネームでの興行権を勝ち取るし、ディズニーの口出しで余りに酷い仕上がりになってしまったトイ・ストーリーを、再作成する制作費交渉でも辣腕振りを発揮する。この時、とにかく資金力を付けなければどうにもならないと痛感したジョブスは、大勝負に出る。

何と、まだ一作しか作っていない無名に等しいピクサーの株をIPO(株式公開)すると決断する。しかも、トイ・ストーリー公開と同時にだ。
ラセターは、もう数作作ってからと進言するが、それはディズニーへの危うい隷属を予感させた。
蓋を開けると、公開と同時に株価は急騰。ジョブスは賭けに勝った訳だが、彼は「金儲けに興味は無い。」と言う。
ピクサーが、それまでのアニメーション界を変えると読んでいたのかも知れないし、純粋に彼らが生み出す作品には極上の価値があると確信していたからかも知れない。
私は、後者なのだと思う。何故か、このピクサーのジョブスに私はとても惹かれた。それまでは「自分が世界を、宇宙を変える。」と公言してはばからなかった彼が、とても利他的にその能力を発揮していたからだ。
誰もが知る、Apple復帰後の快進撃の布石が、ここにあったのでは無いかとさえ思う。

審美眼≒目利き
ジョブスはよくビジョナリーと賞された。確かにそうかも知れないが、私はむしろ、とてつもない審美眼の持ち主なのだと悟った。
よくよく注意して読むと、彼は自ら手を動かして何かを作った事は少ない。(初期のMacに15年入っていた電卓のルックスくらいか!(^^)

作る人と言うより、見抜く人なのだ。実の妹のモナ・シンプソンが弔辞で述べた様に、ジョブスは近所の自転車屋に入って一瞥しただけで、最もいい品を言い当てるのを得意としていた。
ビル・ゲイツは「当たる技術に対して、恐ろしい程に鼻が効いた。」と賞する。

透き通った眼差しで、本質の結晶を見抜く才能は、芸術を生み出す才能と同等に得難い。或は、それ以上に貴重な存在だ。見いだしてくれる力が無ければ、才能も芸術も朽ちて行くだけだからだ。
何て事を言っていたら、発売日に下巻が届いた。
読みたいような、少し寂しいような。ギリシャ悲劇のオイディプスの観客の様に、我々は迎える結末を知っている。それでも、読まずにいられない魅力が、この人物の人生にはあった。

2011年10月9日日曜日

「神様の女房」を観て兵站ってとっても身近で重要な事だと再認識した

実は、「坂の上の雲」を読むまで、私は「兵站(へいたん)」という言葉を知らなかった。
 兵站(へいたん Logistics)とは一般に戦争において作戦を行う部隊の移動と支援を計画し、また実施する活動を指す用語であり、例えば兵站には物資の配給や整備、兵員の展開や衛生、施設の構築や維持などが含まれる。兵站の字義は「軍の中継点」(Wiktionary 「站」)であり、世界中で広範に使用される英語での「logistics」は、ギリシア語で「計算を基礎にした活動」ないしは「計算の熟練者」を意味する「logistikos」、またはラテン語で「古代ローマ軍あるいはビサンチンの行政官・管理者」を意味する「logisticus」に由来する(Wikipediaより)
 坂の上の雲ではこんな事を描いている。
  •  日本陸軍は遺伝的に「兵站」に対する感覚が鈍かった。
  • ドイツから招いたメッケル少佐が、当時の陸軍大学校で「兵站のプランを考え、実施する」という演習をした。生徒は「梅干しを多めに用意しておけば良かろう。」とその通りにして、大変な勢いでどやしつけられた。。というエピソードがある。
  • 内戦しか戦った事が無い日本民族は、戦は基本的に「現地調達(略奪ばかりでは無かったが、行った先でもらって食べる等)」で物資を長距離運ぶという感覚が判りにくかった。(例外的に豊臣秀吉は違ったとも書いている)
  • その悪癖は昭和に入っても治らなかった。それは兵站部を蔑視する感覚に由来した。
  • 海軍は兵器あっての組織で、陸軍に比べると、兵站の準備に抜かりが無かった。

私はこの内容がもの凄く印象に残った。と同時に、「分かる分かる!」と膝を打ちたいばかりに、ニヤニヤしながら読んでしまった。
そう、未だに日本の固陋な組織は「兵站」をばかにする風潮が抜けていないのだ。前線で華々しく活躍する兵隊(例えばメーカーではエンジニアとか商品企画部門)が主役で、円滑に進める為の、縁の下の力持ちは「居て当たり前、ま、適当にやっといて。」の感覚が抜け切っていない。表向きは「助かってます。」とは言うけれど、心底重要性を理解していない事が透けて見えるのだ。

そして、私がもの凄く共感してしまったのは、家庭生活も基本的に「兵站」だと判ったからだ。

毎日食材が冷蔵庫に満たされているのはなぜか?具合が悪くなった時、怪我をした時、どこからともなく薬や、絆創膏が出て来るのはなぜか?消耗品が補充され、ゴミがいつの間にか無くなっているのは何故か?

適正な「入り」と「出」を掌握して、調整するのは組織が健全に動く為に必要不可欠な機能で、家庭生活はその塊なのだ(そしてくつろぎ、育む場でもある)。

NHKの土曜ドラマで「神様の女房」が放映されている。(今日がきっと二回目)松下幸之助の夫人「むめのさん」を主人公に据えたドラマなのだが、第一回目を見て
「ああ、この人は兵站が判っていた人だったんだ。だから松下幸之助がここまで成ったんだ。」
と判った。
彼女の実家は、淡路島で手広く海運業を営む商家で、沢山の姉弟の中の次女として育った。むめのの父(津川雅彦演じる)は、幸之助との結婚には良い顔をせず、祝言の席で娘の事を褒めちぎる。

「動くのが好きで、気働きが出来、料理裁縫どれをやらせても器用で上手く、そつが無い。おまけに身体が丈夫と来ている。男であれば優秀な船乗りになれる所を、 実に惜しい。」

常磐貴子さんが演じているので、どうしても「可憐」な人に見えてしまうが、実際の写真を探してみると、どっしりとした「肝っ玉母さん」で「そうよ、そうでなくっちゃ!」という感じである。
「よく居る、しっかり物のお母さんだよね。」
と思ってしまう男性諸氏は認識が甘い。この様な人達にもっと権限を与えていますか?今の社会は?と問いたい。

さて、なぜむめのさんが凄く「兵站」感覚を持っているなぁと思ったのが、新婚時代の話。家計を預かって、最初に予算を組んでいる。
いや、わかっちゃいるけど、これはなかなか難しい。私の母なぞ、ついぞ予算なんか組んだ事は無く、いつも「感」で家計をやりくりしていた。だから私も働くまで(いや、働いてしばらくしても)「予算を組む」というのがどういう事なのか、しばらくピンと来なかった。欲しいなと思う物があっても、その時お金が無かったら「諦める」という選択肢ばかり。。あったら、あっただけ使う、、という感じは、世の家計を預かる人にありがちな事では無いだろうか。

単に、予算を組むと言っても、家計の基礎代謝量を把握しないで予算編成すれば「無謀な切り詰めで弱体化を招く」という事も、むめのさんはすぐに気が付く。
自分の夫の月給は日割制で、病欠すれば給与額は減ってしまう。当時、幸之助氏は大阪電燈(現、関西電力)の配線技師の仕事をしており、身体を使う職種だった。
予算を組んでその通りに、やりくりしようとしたものの、予算内に収めようとすると内容に響き始める。
「週に一度はお肉を食べましょう。」
身体がもとでの仕事には、必要な栄養素は確保しなければならない。でもそれにはコストがかかった。
ここで彼女はこっそりと、縫い物の下請けを始める。実家がかなり裕福なのだから「支援」を要請すれば手っ取り早いであろうに、そう思わない所が肝が座っている。(易きに流れたら、今の松下グループは無いでしょうな。)

しかも、父親が誉めるだけあって、相当腕が良かったのだろう。夫が夜学に行って不在の間、せっせとこなした下請け賃料が積もり積もって40円。後に、幸之助氏が大阪電燈を独立起業する為に退職した時の退職金を上回ったというのだから、なかなかに痛快である。

現状を把握する、合理化を追求する、必要な時にはリソース投入は惜しまない、そして、強みを生かしてインカムを増やす。その見識の確かさは、起業家の妻として、これ以上望みようが無いですな。
さて、日本を代表する世界企業の創業期のお話、時代の違いはあっても、なかなか面白く今振り返ると何か気付きもありそうで、続きを注目しております。

2011年10月7日金曜日

同時代人を失う事、歴史を見る眼差し〜加藤陽子先生の著作が教えてくれたもの

昨日の大ニュース で、すっかり動揺してしまった。そして、ハタと気が付く。

「この悲しみは、同時代人を失った悲しみなんだ。」

2011.10.5まで、スティーブ・ジョブスは歴史の人では無く「今の人」だった。だから意識もしないし、居て当たり前だった。今を生き、Appleの次の製品発表は何かなぁと漠然と期待し、「歴史」を趣味として他人事のように安穏と眺めるだけで良かった。

でも、今は違う。
同時代が足元から「歴史」という保管庫に入っているという事実。頭では「歴史は今の地続き」と判っているつもりでも、どこかで見て見ぬふりをしている。
「そうでは無いのだ、おまえも歴史の一部なのだ。」
と現実を目の当たりされて、うろたえている。

歴史の潮目は緩やかに変化し、ずっと眺めていると、かえって判らない。毎日顔を合わせる家族の成長や老いに鈍感になるのと同じだ。ちょっとしたきっかけで時間の経過に唖然とする。

もう、あんなに人をワクワクさせてくれる人物は二度と出て来ないのでは無いか。 この先つまらない世界しか無いんじゃないか。どうしたらいいのか。。。
そこまで考えて、ふと思う。

「そうか、加藤先生が言いたかった事はこれか。」

おぼろげながら、最近読んだ本が言わんとしている事が理解出来た気がした。

加藤陽子先生は、東大文学部で近代史を専門に教鞭を取っておられる。
「大学で、こんな先生に師事してみたかった。」と思ってしまう。とても考え方が立体的で素晴らしい。
歴史好きでなくとも、加藤陽子先生の著書は一度は読まれる事をおすすめする。(現役東大文学部一年生よ。諸君らの幸運を心すべし!)

先生の調べは緻密で、しかも視点が広い。私的に残された日記、メモ、各国の公文書館で公開され始めた機密書類、諜報情報と、鳥の目、蟻の目と視点が自在に動く事で、歴史が立体的に浮かび上がる。
一般的に語られていた事をそのまま掘り下げて、デティールを追うのでは無く、経済、外交、世界情勢と言った世の中を形成するに不可欠なジャンルからも歴史を眺める。そしてその時
「自分がその当事者だったらどう判断し、振る舞うのか。」
と問う。
すると、全く違ったリアリティある歴史が浮かび上がる。

加 藤先生の著作は、丹念に小さなファクト(事実)を積み重ねる。それでいて、堅苦しい 訳でも無く、冷たい訳でも無い。むしろ、滲み出る優しさがある。それは、過去に生きた人であろうとも、無邪気に批判の鞭(無知とも言える)を加える事を 良しとしない、「引受ける姿勢」に貫かれているからだ。

著書のあとがきの一文が非常に良いので引用したい。
私たち日々の時間を生きながら、自分の身の回りで起きていることについて、その時々の評価や判断を無意識ながら下しているものです。また、現在の社会状況に対する、評価や判断を下す際、これまた無意識に過去の事例から類推を行い、さらに未来を予測するにあたっては、これまた無意識に過去と現在の事例との対比を行っています。 そのようなときに、類推され想起され対比される歴史的な事例が、若い人々の頭や心にどれだけ豊かに蓄積され、ファイリングされているかどうかが決定的に大事なことなのだと、私は思います。(「それでも日本人は「戦争」を選んだ」あとがきより)
これは歴史を見る視点だが、レッテル貼りをせず、一見遠い関係に見えそうな事柄を結びつける行為は、画期的発明(イノベーション)が生まれるのに必要な素地と同じではないかと思ったのだ。(ジョブスの演説で言う所の、「点と点をつなげる」)

未来を予測するのは超人的な才能だけでは無い。無意識下に蓄積された過去の事例の多寡も、きっと、いや、かなり影響するのではないか。
ジョブスが凄かったのは、その点同士をアレンジする力であり、完成型のビジョンが見えた途端、精緻に根気強く投げ出さないで積み上げてゆく粘り強さだ。

今後、沢山の逸話や伝記、エピソードが出て来るだろう。

「あんなの、どれをとっても普通の技術なのさ、何一つ目新しい事は無い。GUIだってジョブスが生み出した訳では無いんだ。」

そんな声も聞いた事がある。そう言い出す人も増えるだろう。

だが、と思う。一つ一つはそうかも知れない、でも「適切な時に適切な結びつき」が出来るかどうかは、深い美意識に裏付けられなければならない。
浅知恵のアッセンブリーからは残念ながら生まれないのだ。人の世を深く理解するには、様々な知性を総動員しなければ、その一旦を掴む事すら難しい。そんな事を思った。

昨夜公開されたクローズアップ現代の
2001年に行われたジョブスの貴重なインタビュー
今から10年前と思うと、非常に深い内容である。
「もっとコンピューティングは、人間的でエモーショナルな表現が出来るはずだ、それを手助けしたいんだ。」
インタビュー後半5分に語られるビジョンを、その後の10年で着実に実行して行ったジョブス。奇しくも国谷キャスターが
「10年後はどうなっていると思いますか?」
という問いは、歴史的問いだったと思う。

2011年10月6日木曜日

スティーブ・ジョブスがいつも背中を押してくれた

四歳の娘が、iPad2で映画を観ている。ドックに挿したiPhone3GSからiTunesで買った曲が流れている。そして今日のエントリーも iMacで書いている。今日という日にこのエントリーは書かねばなるまい。

スティーブ・ジョブスの早過ぎる急逝に、世界が泣いている。そして、自分でもびっくりするぐらい、ショックを受けている。会った事も無いし、名物の基調講演も熱心に聞く程「信者」では無いけれど、成人として世間に出る頃から、ジョブスの生み出す製品に恩恵を受けてここまで来たと、認識を新たにしている。

グラフィック・デザイン界にMacが無かったら、、、恐らく、私は身体を壊して一線を退いていただろう。大袈裟でなく、結婚も、出産して子どもを産む事も、叶わなかったかも知れない。それほど、グラフィックデザインの末端現場はキツく、3 K職場であった。(まあ、今でもその傾向はあるが)Macの登場とその内容と質の高さは衝撃的だった。
「版下の誤植をこれで切り貼りしなくていい!」喉から手が出る程、みんな欲しがった。今や業界の伝説である。

「Macはセンスがある。」デザイナーでは無く、エンジニアである夫はこう言った。さして共通の趣味が無い私たちが、もう十年以上夫婦で居られるのも、Macの先進性と、とてつもない凄さを一発で理解し合えているからだと思う。結婚以来、我が家の敷居をWindowsマシンが跨いだ事は無い。

「Apple倒産するかも知れないな。」
夫がこう言ったのは、確か1998年頃だったと思う。仕事に欠かせないMacが無くなったらどうしようと戦慄したからよく覚えている。

奇妙な事に、私はNeXT版のIllustraterを使った事もある。これはかなり希少な経験者では無いだろうか。1995年頃だから、まだジョブスはAppleに復帰していない。NeXT STEPは今のMacOSXの原型であるという話は有名だが、才気走ったアイデアを具現化するハードが追いついていないというのがNeXT STEPだった。そして、あの当時のAppleは迷走していた。

「Appleはジョブスを迎えて、『AppleはやはりAppleらしく先進的であろう』を合い言葉に再生します。」

とAppleジャパンの黒いTシャツを着たプレゼンテータが、何かのカンファレンスで話した事も妙に覚えている、あれは長女が既にお腹に居た時だから1998年の秋だったのではないか。それまで操業の象徴だった、虹色のリンゴマークを単色のリンゴに変えた頃である。まだiMacは出ておらず、しばらくして、あの鮮烈なCMを観た時
「ああ、この事だったか。」と合点が行った。

今日のTwitterで良いエントリーを見つけた
「まつひろのガレージライフ」
ここに書かれているジョブスの凄みは、経営者としてのジョブスの姿を表しているが
「やっぱり、独裁者で無いと良いものは作れないんだな。」
と読んでしまうのは、理解が浅い。彼は決して自分の欲望の為に「独裁者」になった訳では無い、その証拠は生み出した製品が雄弁に物語っている。私欲を満たしただけでは、これほど世に愛される訳が無いからだ。

曲がりなりにも、メーカーに務めていると、Appleは羨ましてく仕方無い会社だけれど、理想を具現化するには、技術、デザイン、交渉力、マーケティング全てに「スマートさ」と「諦めない強靭さ」が無ければ、多くの共感は得られないのだと思う。

「みんな不正がしたくて、している訳じゃない。正当な手段があればきちんと対価を払って買いたいはずだ、その方が便利だし楽しいから。」

とは、iTunesStoreを開く為に、大手音楽レーベルを口説き落した時の台詞だそうだ。Napstarをはじめとした、音楽デジタルソースの違法コピーが横行して、訴訟が起きていた当時、今思えばよくこれだけの交渉をまとめたと思う。

iPodの登場で、仕事に欠かせないメーカーから、生活に欠かせないパートナーになった。時間が極端に少ないWorkingMotherにとって、全ての楽曲を持ち歩ける魔法の箱は、片道2時間の新幹線通勤をどれだけ支えてくれたか知れない。

思い返すと、人生の節目、節目で「怯んでしまいそうだ」とか「諦めよう」とか、困難に出くわした時、楽しげに解決策を目の前に見せてくれたのが、Appleでありそれはスティーブ・ジョブスだった。

偉大なビジョナリーの命を奪った病は、癌だった。
これは勝手な私の思い込みだが、癌とストレスには因果関係があると聞いた事がある。ステーブ・ジョブスは、人々がどうしたら喜ぶのか、それを察知する感度が異常に高いのだと思う。ビル・ゲイツは
「ジョブスのセンスを買う事が出来るのなら、いくらでも出す。」
と言ったそうだ。
感度の高いセンスは、ストレスとの背中合わせだ。

操業したAppleを建て直すと決心した時から、彼は身を削って来たのかも知れない。そして、その意思とセンスは、誰かにそっくり受け継がれる事は無いけれど、少しづつ、彼と彼の製品を愛した人達の中に、根付いていると信じている。

心からご冥福を祈ると共に、感謝の念と、大事なバトンを受け取ったつもりで、微力ながら己を精進したいと思う。

Stay hungry stay foolish