大変な男
知ってはいたけれど、ジョブスという人は知れば知る程、大変な人であった。身近に居たらこちらが潰れちゃうだろう。が、部分的に「誰々に似てるな。」と思える所もある。総じて、イロイロ魅力的であるのは確かだ。
著者アイザックソン氏の力量が非常にいい。丁寧な関係者への聴き取りで構成された内容は、ジョブスの生涯を通して、一時代を築いたシリコンバレーの歴史も知る事が出来る。あの時代は何だったのかと、振り返るにも良い書だ。
執筆はジョブスからのラブコールで実現した。彼はこのアイザックソン氏の著書を読んだ形跡も無く「キチンと書いてくれそうだから。」という理由で指名したらしい。
「君は自伝を書くにはまだ若い。」
と一度は断るが、ジョブスの妻から
「書くなら今しか無い。」と耳打ちされる。
死期を悟ったからだろう、最終原稿のチェックも自分はする必要無いと宣言したそうだ。
本書を読むと「ジョブスの慧眼ここにもあり。」と思わざる終えない。
この執筆依頼の一事を取っても、彼の物事を見抜く目の確かさの証明になっている。それだけ、この著書はプロの仕事に徹している。
泣いてしまったピクサーの下り
ネタバレになるので著書内のエピソードをクドクド書くのは控えるが、時系列に並んだ内容を読むと、直ぐ近くでジョブスの人生を追体験している錯覚に囚われる。
正直、若い頃の彼は「嫌な奴」で傍若無人。人を人とも思わない「共感力0人間」にしか見え無い。何と言うか「格好良く」は無いのだ。(若きアントプレナーとして、とてもモテてるのが実際なんだけど)
有名なApple失脚の下りは、読みながら「仕方ないかもなぁ。」と一瞬思てしまう。
だが、ほぼ同時期に彼はピクサーを買っている。(株の70%を取得)
上巻の最後はピクサーにまつわる話なのだが、私は
「ピクサーに関して、ジョブスはうるさく干渉しなかった。それが功を奏した。」
と言われていた噂をそのまま信じていた。
ところが、本書を読むとそれどころの話では無い。
赤字続きでお荷物だったピクサーを、一時は売ろうとも思うし、オーナーとして厳しい経費削減も断行する。最初はハードやソフトを売る部門も持っていて、ここから収益を上げたいと目論むが結果はさっぱりだった。
それでも、ラセター率いるアニメーション部門には制作費を出し続けた。
「いい作品を作ってくれ。」
とだけ言って、なけなしの経費から小切手を切る。
アカデミー短編部門で、ラセター達がCGアニメで初のオスカーを獲得した時の下りは泣かせる。
一度はお払い箱にしたディズニーが、ラセターのオスカー獲得を知って寄りを戻したがったが、ラセターは、ジョブスとピクサーへの恩義から首を立てに振らない。
名作「トイ・ストーリー」をディズニーの出資によって作り始めるのだが、この時のジョブスの活躍は目覚ましい。
あのディズニーからダブルネームでの興行権を勝ち取るし、ディズニーの口出しで余りに酷い仕上がりになってしまったトイ・ストーリーを、再作成する制作費交渉でも辣腕振りを発揮する。この時、とにかく資金力を付けなければどうにもならないと痛感したジョブスは、大勝負に出る。
何と、まだ一作しか作っていない無名に等しいピクサーの株をIPO(株式公開)すると決断する。しかも、トイ・ストーリー公開と同時にだ。
ラセターは、もう数作作ってからと進言するが、それはディズニーへの危うい隷属を予感させた。
蓋を開けると、公開と同時に株価は急騰。ジョブスは賭けに勝った訳だが、彼は「金儲けに興味は無い。」と言う。
ピクサーが、それまでのアニメーション界を変えると読んでいたのかも知れないし、純粋に彼らが生み出す作品には極上の価値があると確信していたからかも知れない。
私は、後者なのだと思う。何故か、このピクサーのジョブスに私はとても惹かれた。それまでは「自分が世界を、宇宙を変える。」と公言してはばからなかった彼が、とても利他的にその能力を発揮していたからだ。
誰もが知る、Apple復帰後の快進撃の布石が、ここにあったのでは無いかとさえ思う。
審美眼≒目利き
ジョブスはよくビジョナリーと賞された。確かにそうかも知れないが、私はむしろ、とてつもない審美眼の持ち主なのだと悟った。
よくよく注意して読むと、彼は自ら手を動かして何かを作った事は少ない。(初期のMacに15年入っていた電卓のルックスくらいか!(^^)
作る人と言うより、見抜く人なのだ。実の妹のモナ・シンプソンが弔辞で述べた様に、ジョブスは近所の自転車屋に入って一瞥しただけで、最もいい品を言い当てるのを得意としていた。
ビル・ゲイツは「当たる技術に対して、恐ろしい程に鼻が効いた。」と賞する。
透き通った眼差しで、本質の結晶を見抜く才能は、芸術を生み出す才能と同等に得難い。或は、それ以上に貴重な存在だ。見いだしてくれる力が無ければ、才能も芸術も朽ちて行くだけだからだ。
何て事を言っていたら、発売日に下巻が届いた。
読みたいような、少し寂しいような。ギリシャ悲劇のオイディプスの観客の様に、我々は迎える結末を知っている。それでも、読まずにいられない魅力が、この人物の人生にはあった。
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