2012年2月19日日曜日

アゴラ読書塾第7回「失敗の本質」〜日本軍の組織論的研究〜

1984年 ダイヤモンド社より初版
確か去年の震災の後、池田先生がこの本をブログで取り上げたら、Amazonですぐに在庫切れになっていた。(恐るべし!)
その後、丸の内の丸善へ行った時、入り口にこれが山積みになっていた覚えがある。ハーバードビジネスレビューのバックナンバー(日本軍がいかにダメだったか図解で特集されてた号)や、似た内容の本がずらりと並んで、「日本組織論キャンペーン」だった。まぁあの原発事故の直後であれば仕方ないと思う。
よっぽど買って読もうかと思ったけれど、何だか気が進まな無くて止めてしまった。薄々内容に察しがついたのと、ダメ出しばかりインプットしても、解は得られないなぁと思っていたからだ。

でも、今回読書会で取り上げられて、半ば強制的に読む機会を得て良かった。「しょーもな!」と高みの見物や、「何をやったってダメだ。」と思考停止してしまうのは簡単だ。
 しかし、事例を見つめる事から逃げていては、同じ事を繰り返すだけだ。

適応し過ぎてしまった故に「適応能力」を排除してしまった日本軍
この著書の真髄は、この一言に尽きる。これを知っているといないとでは、雲泥の差が生まれる。

本書は80年代前半に編纂された。バブル期前に書かれた事を思うと、慧眼だろう。前半は
  • ノモンハン
  • ミッドウェイ
  • ガダルカナル
  • インパール
  • レイテ
  • 沖縄
と、陸海軍それぞれが大敗した作戦のアウトラインを追っている。歴史上の事実を細かく知っている人は、後半の分析だけを読まれても良いとおもう。
読書会での、新さんのレポートがうまくまとまっておられたが、大雑把に言えば、第二次世界大戦で日本軍は本質として、、
  • あいまいな戦略目的
  • 短期決戦の戦略志向(『嗜好』と言ってもいいかも!!)
  • 主観的で「帰納的(個々の事例から一般に通用する原理法則を導きだす)な戦略策定「空気の支配」
  • 狭くて進化のない戦略オプション
  • アンバランスな戦闘技術体系
  • 人的ネットワーク偏重の組織構造
  • 学習を軽視した組織
という特性を持ち、米軍はその反対であったと考えればほぼ当たっているらしい。(この項目は第二章の小見出しを羅列しただけだが、何だか思い当たる節ばかりで、こうまで並ぶと気が重くなる。。)
 米軍の方が、システムを柔軟に組み替え、責任の所在を明確にし、評価システムを厳格にして信賞必罰は徹底していた。パールハーバーの奇襲を受けた当時のトップですら、責任を取って左遷されている。

結論としては、日本人は勝ちに乗じた時は、調子に乗って阿吽の呼吸で素早く対応し、快進撃を続けられるが、長期戦になるとビジョンが無いまま始めたツケが回って、軌道修正、方向転換、早期撤退が出来なくて、トコトンまで転がり落ちてしまう。
、、何だか、この手合いの内容は書いてて飽きてしまった。読書会を通じて散々学んだ事である。そして、司馬さんもずっと語っていた事である。

日本企業にも忍び寄る「古層」の陰
さらに厄介な事に、この「癖(古層)」は簡単に直せるものでは無い。。というのもどうやら理解出来た。では、どうしたら良いのか。座して死を待つのか。。
多分、それが一番現実的に起こる事では無いかと、近頃思うようになった。いや、皮肉では無くマジで。
行くところまで、行ってど~しよ〜もない状態にならないと、パラダイムを組み換えられない。今の日本企業に起きているのはこれだと思う。

著書の中で、唯一褒めているのが「日本企業」だった。日本型組織の良い面を、日本企業は継承しているというのだ。バブル前夜、あの頃を思い出せば確かにさもありなんである。
ソニーはどうしようもなく格好良く。
ホンダはトンデいた。
今の日本企業はこの「失敗の本質」で分析された日本陸海軍に不気味に似ている。
ソニーは成功体験が縛りになって時代の趨勢を読み誤った海軍だし(読書会レポーターの新さんの例え)、松下が「巨額の経常赤字」を出したと聞くと、肥大化した組織に汲々とする陸軍を思い出す。(関係者の方ごめんなさい。)
赤字は出していないとしても、次に稼ぐ柱が見えていない企業(汗!)は「取ったはイイけど増援のアテが無く、孤立して203高地を守る旭川師団」のようだ。

本書は、日本企業が上手く勃興出来たのは、戦後の焼け野原で、財閥解体、公職追放と、蓋をしていた上世代がオールクリアになり、若い現役が、やんちゃし放題、やりたい放題だったからだと分析する。正に、日本型組織の花形時代だったのだ。
そして、その花形も老いた。
今度は「時間と老い」が第二の敗戦をジンワリと招き入れるだろう。

これは、あくまで私の主観だが、慌てて何処ぞから、思想なりシステムなりを付け焼刃で持って来ても、子息に速成で外国語を身につけさせても、私たちが「古層」から抜け出せないのならば、かえって悪夢を招きかねないと思う。民主党にうっかり政権を渡してしまったのも、慣れない「舶来システム」に深い所で拒否反応を示したからで(與那覇先生の言う「再江戸化」)これ以上、最悪の事態にならないようにしなければ、、。

心しておく原則
では、どうしたらいいのか。。この答えはなかなか難しい。直感で思うのは、
「とにかく、変化出来る余地を残しておく。」
の原則をいつも心するに尽きるのでは無いか。特に、不安定な世相ではそれが肝心と思う。

読書会や日頃の業務を通じて、つくづく思うが、日本人は病的な「潔癖/揃えたい主義」である。
これは山本七平的に言えば、90日サイクルで変化する気候に合わせて、稲作をキッチリ遂行しないと、皆が飢えるという強烈な行動原則が深く植え付けられたゆえんであろう。
上り調子の時はそれで良い。
今の様な下り時期に、先鋭的な事をギリギリやると、周囲が見えないまま皆で落っこちて行ってしまう。(狭くて進化の無い戦略オプション)
塩野七生さんがいみじくも語った
「無駄な物からしか新しい物は生まれない。」
事を思うと「芽になりそうな新しい物」を守るのが、自分達世代の役割かなぁと感じている。(育てて成長させるのは、今の30代の役割)
これはなかなかテクニックが必要で難しい。
ただでさえ、無駄が許されない時勢において「狡猾に守る」くらいの知恵が必要だし、「目利き」でなくてはならない。ゴミ屋敷のように何でもかんでも取っておくのは、さらにダメだと歴史が教えてくれている。

目利きになるって大変だ。絶えず身をさらして変化に敏感にしておかないとこれは難しい。本書の中の印象的な一節を紹介して、今日のエントリーを締めたいと思う。
彼等(陸海軍人)は思索せず、読書せず、上級者となるに従って反駁する人もなく、批判を受ける機会もなく、式場のご神体となり。権威の偶像となって温室の裡(うち)に保護された。

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