ダイエーと言えばやはりあの夕日マーク。 今はロゴも変わってかつての面影は無い。 |
池田信夫氏は、読書塾の冒頭こう述べていた。先週の「田中角栄」が陽ならば、今週の「ダイエー中内功」は陰の要素を多く含んでいる。
05年の中内の死を補筆した上下巻の「完本」凄い厚さ。 |
「日経ビジネス」に連載されたものをまとめているから、途中から読んだ人でも分かるよう「これまでの振り返り」が多く、もったいつけた「乞うご期待」フレーズも鼻につく。(会議で「これまでの確認、、」って長々と始められるとイラッと来るタイプなので。。^^;)
ちゃんと編集をすれば、半分の分量でもっと読み易くなるのに少し残念。
とは言え、その「クドさ」に目をつむって読み進めるだけの価値はある。
人間不信のカリスマ
本書でお題目のように繰り返されるフレーズが
- 中内は太平洋戦争で絶望的なフィリピン線に投入され、兵站が全くない状態で「棄民」された。
- ガリガリにやせ細る飢餓の中、眠ればいつ隣の同僚に殺され、己が身をむさぼり食われるか分からない極限を見てしまう。
- その中で、最後は同僚を信頼して眠りについた。
人間不信の中に人間信頼があり、人間信頼のなかに人間不信がある。中内の底知れぬ虚無感とそれをつきぬけた楽天性は、間違いなくこの気の狂うような極限の体験がうみだしたものだった。(上巻 p352)戦前は目立たぬ文学青年で、それほど成績が良いわけでも無く、三人の弟達の方がよっぽど出来が良かった。(長男だった中内は兄弟で唯一、学業の途中で兵隊に取られた不運な面がある。)弟達と共に起業するも、後に骨肉の争いを経て袂を分かってしまうのだが、戦後の闇市で中内の父親が息子達を「サカエ薬局」を大きくする「頭」として差配する。
年長の自分が「役職」に就けず、年下の次弟が「社長」等と呼ばれるのが、中内は非常に気に入らない。この「中内の我の強さとコンプレックス」は後のダイエーの「スプリング・ボード」になるのだが、前半の「戦後のホコリっぽさ」まで伝わる記述は、無茶苦茶に壊された本土の上を「生きなければ仕方無い。」とがむしゃらに突っ走る青年達の姿を、クリアに描いていて面白い。
神戸が育んだ「消費者主義」
ダイエーは神戸が発祥の地である。関東育ちの私には今ひとつ馴染みの薄いスーパーだが、その同じ神戸から「生活協同組合(生協)」も生まれたとは知らなかった。 中内は
「神戸から生まれたのは、ダイエーと山口組。」
と公言して憚らなかったそうだが、川崎造船所のお膝元である事を考えると、いろいろ符合する。
造船の現場は今で言う3Kの職場で、屈強な「流れ者」「荒くれ者」が集まり易い。そこから「組合活動」が生まれ、社会の底辺で苦しむ人々の為にと「生協」が生まれ、山口組三代目組長は旋盤工見習いとして川崎造船に入社している。こんな環境から
- 売り子に付きまとわれず、好きな商品を好きなだけ選んで買えるスーパー
- グループを作って中間業者を入れず、安くて良いものを消費者が手に入れる生協
国家を人質にしたダイエー
とにかく浩瀚な上下巻だが、ダイエーの勃興から最盛期、そして落日まで描かれている。よく引き合いに出されるのが「イトーヨーカ堂」創始者である伊藤雅俊で、今この二つの会社を比べると、悲しい程の開きが出来てしまっている。佐野氏は
男性的で暴力的な攻勢を仕掛けるダイエーは「雷オヤジ」で、女性的で低姿勢にぬらりと街に入り込んで来るヨーカドーは「鬼姑」だ。一見、雷オヤジの方が恐ろしく見えるが、本当に怖いのは鬼姑で、気が付くと真綿で首を締められている。と表現する。中内は
- 典型的ワンマン経営
- 店舗の土地建物を自前で所有する事にこだわり、ダイエー進出によって周辺地価の値上がりを期待した。
- ヘトヘトになるまで側近を使い、自分より頭角を表すと見るや左遷人事で飛ばし、息子や婿を会社の中枢に据えた。
下手すれば寝首をかきかねない鈴木敏文(現イトーヨーカ堂CEO)を側近に引き立て、結局、経営を託している。今日の「セブン&アイホールディングス」の躍進を見れば、80年代前半の分岐点(ダイエー/ヨーカドー共に減益に転じている)に取った方針の違いが両者の明暗を分けたと言える。
ダイエーが80年代に減益に転じた時「V革」と呼ばれる奇跡の逸話がある。中内が取締役会で
「俺をもう一度男にしてくれ。」
と土下座して泣いて頼み、改革の特命を受けた経営チームが組まれる。
奇跡的に業績が回復した後に、中内が取った行動は酷かった。長男を30代の若さで取締役に入れ、あからさまに経営世襲の態度を示したのだ。特命チームは体よく「出向」で外に追いやられ、折角ダイエーが生まれ変われるチャンスを中内は自ら潰してしまう。
この愚行を、佐野氏は単純に「無能な経営者」と言わず「中内が抱えた宿痾」と解釈する。餓鬼道のように食べれば食べるほど空腹感が増し、結局、信じられるのは身内だけとギリギリの所で猜疑心にさいなまれる。悲しいまでのその姿の最後を
「中内は国家を人質にした。」と表現した。やや大袈裟な感じがしなくも無いが、もはや、破綻させようにも抱えた負債が大き過ぎて(借入が1兆6000億円)潰すに潰せず、最終的に「産業再生機構(公的資金)」の支援を受ける事になるからなのだが、
「国家によって無謀な戦線へ駆り立てられ、餓えと怒りを抱えて帰って来た中内の、国家に対する復讐。」と彼は捉えている。この正視するのが辛くさえ感じる「怒り」を、きっと「中内ダイエー」を熱狂的に指示した消費者も同じように抱えていたのだろう。その点、田中角栄と似た構造を感ぜずいはいられない。
消費者の楽園「スーパー」の終わり
今回の話は、小売りという非常に身近な題材だった為、自分の日常と照らし合わせて考える事が多かった。特に「主婦の店ダイエー」と銘打って現れたダイエーに、今の自分はほとんどピンと来ない。
働く主婦である私は、残念ながら全くスーパーを利用しない。自分の生活実態にマッチしないからだ。
長女を産んだ13年前から、もっぱら「生協の宅配」で今日まで過ごしている。毎週このブログを書く前に、Webサイトから再来週に必要な生活品目を注文し、週1回大量に食材を配達してもらっている。食べ盛りの子ども3人抱えると、週1回直接買い物をしに行っても十分足りる分量を買って来られなくなってしまった。(スーパーのカゴ2つを一杯にしても4日間くらいで全て無くなってしまう。。;;)
昔からスーパーを利用している実母なぞは
「二週間先に届く品物を予め注文なんて出来ない。」
と少しトライして止めてしまった、お隣の専業主婦さんも同じである。「実物を見ないで計画的に買う」という行為が生活習慣に入っていかないからだろう。
そうなのだ、スーパーは「毎日買い物に行く時間のある人」の為の場であり、日本においては永らく経済力の弱い女性(主婦)が唯一、裁量権を持って取捨選択の判断が出来る楽しい場であった。(裁量権ほど人を酔わせる感覚は無いと思う。それが本当は擬似的で狭い範囲で、責任を伴わないものだったとしても、、、。)
スーパーはその心理をよく見抜いて、巧妙にしかけている。伊丹十三監督の「スーパーの女」は今見ても楽しい映画だが、もはや時代は流れ、もっと違う業態へと変化してゆくだろう。殆ど行かない私が、たまに訪れて思うのは、かつてのスーパーと比べて格段に増えたと感じる
「所在無さげに一人で買い物をする中高年男性達」の存在だ。スーパーは他人の生活の一端が垣間見えてしまう。レジ待ちのかごを見ると
「ああ、これから一人で晩酌かな。」とか「お家に具合の悪い老いた家族が待っているのかな。」とか、日本の高齢社会をヒシヒシと感じる。
且つて、スーパーがお客だと思っていた主婦(女性達)はどんどん社会に出始め、宅配や外食、中食産業へと流れている。若者の御用達と思われていたコンビニですら顧客調査をすると中高年女性の割合が増えていているそうだ。日々変化するPOSデータから迅速に品揃えを強化したら(出来合いの物だけでなく新鮮な野菜を少量置くように工夫)売り上げがグンと上がった事例もあるそうだ。
これは私の予想だが、買い物はさらに「心躍る希少な価値観」を提供するエンターテイメント性を必要として来ると思う。
「生活に必要だから仕方無く」買わねばならない物はどんどん「ネット」と「巨大倉庫」と「網の目に張り巡らされた宅配網」によって置き換わるだろう。本屋でお目当ての本が無ければやっぱりAmazonで買ってしまうし、自分に合うサイズを求めて靴屋を何件も回るのはくたびれるし時間がもったいない。
「そんなに急がないから、次の生協宅配の時にこの荷物も一緒に配送しておいて下さい。」
ってな提携がそのうち出て来るだろう。何度も宅配のお兄さん達を煩わす事に、この所引け目を感じるからだ。
日本の持つポテンシャル
そう思うと、暗い暗いと言われている日本経済の未来も、規模と切り口を変えれば、まだまだ伸びそうな分野があると思う。
中内達世代が起こした革命は「陳列して価格で競争(そのうち品質も上げる)」という「政府の統制する経済」に真っ向対決する形態だったが「物を見なくても信用で買える」レベルまで日本の市場経済は成長した。ここまで生活全般のクオリティが高い国もなかなか無いだろう。「こんな国、私も住んでみたい。」と思う外国の人達が居るんじゃなかろうか。
グローバル化は何も、国外に出るだけがグローバルでは無く、境界線が曖昧になって沁み込む形でやってくるのだろう。
全体的には「重い」読後感の本だったが、「深い闇」を描くことでかえって明るく光りの差す方向が見えた感じもする。田中角栄や中内功達が戦後に「正負両方の遺産」を残したとするならば、その遺産の内訳を正確に認識するのに、今回の読書塾はとても役立っていると思う。
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